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2015年11月20日

むしろ力をお貸しください!!!

前回の記事で
古いものに触れていない・・・・・・・・ので上海行ってきます!」
なんて言っておりましたicon108

が!!
上海まっぷるを買ってもなんとなくピンとこない・・・何だろう・・・

実は今でこそ大ハマリしている台湾も、
正直最初はそこまで期待度としては低かったのですが
行ってみたらまあビックリface08
大好き!!!このコンクリート古い!!!絶対古い!!やばい!!!
てな具合にあれよあれよとハマってしまったのでしたicon53

香港も空港に降り立ち市内に入るまではそんなに期待していなかったのに、
市内に入った瞬間街並みに衝撃を受けて虜になってしまったのでしたicon108

というわけで初めての場所にはあまりスイッチが入らない性分のため
せっかくの機会なのに損しているかもしれない!と思い、久しぶりにある本を手に取りましたicon21


大図解 九龍城

2年前の誕生日に社長からいただいた、
わたしの趣味生活の中でかなり重要な役割を担うこの本。
岩波書店さんの回しものではありませんが、これがかなりおもしろいのですicon103

この本を観ると、映画「スワロウテイル」が観たくなり、そして上海へのモチベーションも上がっていくかな・・・!という淡い期待を持って、今日はDVDを借りに行こうと思いますicon108


というわけで今回の記事のタイトルは、上海に何度か足を運ばれている方や上海にお詳しい方にぜひ!お力を貸していただけないかな~icon21icon23
ということで、上海のおすすめがございましたらお教えいただけると非常に嬉しく思います・・・icon67

よろしくお願いします!!(他人頼み)



海外旅行のお問い合わせはこちら
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Posted by カモ at 17:54Comments(0)アジア香港中国

2013年05月31日

何事もなかったかのように


おはようございます、

本日、香港政府観光局のfacebookページにて

『巨大アヒルはまだ香港にいます!6月9日まで!』


との通達がありました。



どうやら先日巨大な目玉焼きと化したアヒルが元気に帰ってきたようです。
(※5/23記事参照)







現在の様子がこちら↓
http://www.facebook.com/photo.php?v=512567258810354







うううよかったねー!!!face02

なんだか前よりきりっとしてる・・・・
(気のせい)




無事にラバーダックの復活を見届けたということで、
明日から安心して寝られます。ね?ね?ね?



9日までに香港に行かれる方はぜひ見ていただきたいですface01
むしろアヒルを見に香港に行きたい!って方は↓


( 念のため ) w





終わり!  


Posted by カモ at 09:42Comments(0)香港

2013年05月23日

見かけによらず

おはようございます。



先日ブログにあげた


このアヒル
(※『巨大アヒルの末路』参照)


修復され再びビクトリア湾に浮かぶのを今か今かと毎日気にしているわけですが

そんななかこんなもの見つけました







こんな出で立ちでいて




実は結構ちゃんとしたつくりだったんですねアヒル先輩

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しかし読めないので理解するにはちょっと難しそうですicon88




早く復活して楽しませてほしいなーと思いますicon01



おわりface01  


Posted by カモ at 09:58Comments(0)香港

2013年05月17日

巨大アヒルの末路


おはようございます。


数日前、香港政府観光局のfacebookページに


(香港政府観光局より)


こんなアヒルが6月9日まで香港のビクトリア湾に展示?されているという投稿がありました



かわいいなーと思ってシェアしていたらなんと一昨日






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沈いかけているアヒルもなんというかかわいらしいんですけど
ちょっと笑ってしまいました





ちなみにこのニュースのソースはCNNのサイトなのですが、
この記事には

ラバーダック(アヒルの名前)が海上でしぼみ、巨大な目玉焼きのような姿になって

と書いてありました。




目玉焼きのような姿になったアヒル







そしてこのあと緊急アヒル会議を開いて対応について協議したらしいです。



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どこからどうつっこんだらよいものか・・・(^q^)



とりあえずは一刻も早く修復してもらわないと浮かばれませんね




経過を見守りたいと思います^^  


Posted by カモ at 09:00Comments(0)香港

2013年03月25日

スワロウテイルのアジア感


おはようございます!



今日からまた一週間が始まりますが
みなさんどんな週末を過ごされたんでしょうか~


ちなみにわたしは前々から借りる借りると言って先延ばしになっていた
「アマルフィ 女神の報酬」「アンダルシア 女神の報復」
「スワロウテイル」をやっとこさ借りましたface01


アマルフィとアンダルシアは以前観ていたので、「スワロウテイル」から観ることにしたのですが
やっぱり!あの異国情緒溢れる感じがたまりませんでした。
内容はすこしグロテスクなシーンもありつつ、まあ軽い映画ではないので画面を観られないこともしばしば・・・(p_q)


あの映画の一部のシーンは九龍城をモデルにしているとも言われていますよねicon53

九龍城については

アジアン・カオス①
アジアン・カオス②
アジアン・カオス③
アジアン・カオス④


に詳しく書いてありますのでご覧くださいicon12



九龍城のような退廃的かつ雑多で、無秩序のようでいて中から見るとそういうわけでもないような
そういうアジアの風景を見ることが少しずつ難しくなってきている中
九龍城に似ていると言われているのが、同じく香港にある「重慶マンション」です。

重慶マンション(チョンキンマンション)




看板は立派なのですが



外観はこんな感じです。

九龍城まで行かないにしても、決して別次元だとも言い切れないくらいの雑多感です






中の様子はこのような感じです。

九龍城よりも新しいしきれいだけど、韓国・東大門の複合ビルよりは古くて汚い感じがします



重慶マンションは雑貨屋や両替商やご飯屋さんなどの商店もあり、
ゲストハウスなどの宿屋があり、の複合ビルなのです。
残念ながらあまり写真や資料がないのですが、
行くと必ずちょっと人間臭くてちょっと古くてちょっと懐かしい香港を味わえること間違いなしです!

ちなみにここのゲストハウス、バックパッカーにも有名で
大沢たかおさんが成田からイギリスまで旅するドキュメンタリードラマ(原作は紀行小説)として有名な
「深夜特急 96'」の香港ロケ地にもなったそうです。



そんなアジアの魅力あふれる香港は個人旅行もおすすめですよface01



旅のご相談・お問い合わせはこちらまで(^o^)

旅の漫遊・電話: 092-674-2012
メール: こちら
からどうぞ。
(メーラーが立ち上がります)





ちなみにスワロウテイル、渡部篤郎さんがかっこよすぎたのは言うまでもないです。  


Posted by カモ at 12:09Comments(0)香港

2013年01月07日

アジアン・カオス④

歯科医院が多かった東頭村道という通りは、比較的日当たりがよく

大通りに面していたことから最も地価が高いところでした。

(もっともビルの周りには木造バラックが建ち並んでいたため、そのバラックが撤去された後日当たりがよくなったようです)




このように日当たりや諸々の条件で、同じ城内に住むにも値段は色々でした。

窓がない部屋、日当たりがまったくない部屋は普通だったと言います。




しかし城内には町内会もありましたし、青少年センター・老人ホーム、幼稚園から、

小学校や中学校にあたる施設までありました。

城内は治安が悪かったと言っても、こういう施設があったように普通の人も暮らしていたみたいですね。




城内に住んでいる悪い人も、住民には悪さをしなかったそうと言う話もありました。

九龍城は事実お城ではありませんでしたが、城主と呼ばれる人もいたとか。

(清朝の役人が駐留していたころの、役人の子孫が代々なるそうです。)



一つの社会みたいですね・・・




ちなみに1984年英中共同声明が調印され、香港警察が入り、定期的に巡回が行われていたそうで、

中国政府の要人も視察に訪れたりと、治安はそう悪くはなくなっていたそうです。




その後1987年香港政庁が九龍城砦の取り壊しを行う方針を発表、

住民は一部が団結し抵抗していましたが、

1993年に取り壊し工事が開始されます。



現在では跡地が九龍寨城公園となり、公園内の資料館には

軍事要塞時に使われていたであろう大砲などが保管されています。

(この大砲は九龍城解体時に発見されました。解体前は老人ホームの入り口に置かれていました)



この九龍城、スラムと呼ばれたりもしていますが

わたしはすごく惹かれます。


一方では違法行為が行われ、衛生環境は最悪、治安もあまりよろしくない、

一方では普通の住民も暮らし、幼稚園から老人ホームまであり、住民は団結して自警団を組む。

こんなやりたい放題の城内ですが、めちゃくちゃなようでも秩序はある。



一説では城内の治安はあまり悪くなかった、ということも言われています。

どこの法治権も及ばない、ということは城内で行われた犯罪に対してのリアクション(報復や制裁など)も法外であってもおかしくない、という理由からだそうです。

住民が団結して自警団を組み、「盗人の手足を斬り取れ」なんて落書きがあったり。




様々な要素が共存し、混沌としているのに、絶妙なバランスでそこにあった。

人間の営みが露わに感じられ、雑多で退廃的。

すべてが詰め込まれているように思えてなりません。


取り壊されてなかったら、男性のふりをしてでも行ったと思います。

(女性は危なくて住民以外入れなかったそうです)(ふりをしてもばれそうですが)



事実取り壊される前には、その特異な存在のためかメディアによく取り上げられ、

ツアーなどもあったみたいです。

どの国の手も届いていなかったコンクリートの塊の中、すごく気になりますもんね!



行かれた方いますか?




いまは無き九龍城ですが、世界には似たようなところがいくつかあると聞きました。


そのいくつかが九龍城のように取り壊されてしまう前に、ぜひ行ってみたいですね!




写真:九龍城砦探検記
引用:九龍城砦探検記,wikipedia  


Posted by カモ at 14:45Comments(0)香港

2013年01月07日

アジアン・カオス③

法治権の及ばない城内では売春や薬物売買、博打などその他違法行為が行われていたと言われています。




(注射器が落ちていて踏んでしまったって話をどこかで聞いたことがあります)






光明街というところは、名前に反して日がまったくあたらずアマチュア無線の電波ですら通らないところで、

娼婦が立っていたり、アヘンやヘロインなどの屋台があったとかなかったとか・・・




城内では、中華民国や中華人民共和国で認可を受けた(イギリス領の香港では認可されていない)

免許で開業している歯科医院や、



紙製品や布製品、金属のパーツなど様々なものの製造が行われていました。





城内の衛生環境はひどいものでしたが、食品加工業はかなり栄えていたと言います。

点心から外食産業まで。香港の食堂やホテルで出されることもあったそうです。




法治権は及ばなかったものの、上下水道・ごみの撤去・街灯の設置・福祉サービスなどに関しては

香港政庁が例外的に行っていましたが、住環境は改善されなかったようです。




たとえば、ごみ。

九龍城からは毎日2トンのごみが出たと言われています。

そしてそれがちゃんと捨てられるかと言うと・・・



上の階から投げ捨てられたごみです。




ごみよけや、上からの汚水漏れよけのために通路の天井にはビニールシートがはってあるところもいくつかあったそうです。




住民が勝手に引いた電話線、電気、その他ケーブルなどが天井に束になってかけめぐっていました。

    


(右)夜の九龍城です。


二つ目の通路は次の記事で!  


Posted by カモ at 14:05Comments(0)香港

2013年01月07日

アジアン・カオス②

前の記事で九龍城や香港にまつわる大まかな歴史を書きましたが、


前述のとおり香港は100年以上不安定の中にありました。



戦争があり植民地となり革命があり、そしてまた戦争、革命。



そういった混乱の中から逃げ出そうとする、たくさんの難民がうまれます。




どの国からも管理されなかった九龍城は、どの国の法律も適用されない無法地帯と化し、

大量の難民がなだれ込むようになっていったのです。
(1990年初頭には約5万人にものぼったといいます。人口密度約190万人/k㎡、畳1枚に対して約3人)


第二次世界大戦が終わる前の1941年、旧日本軍が香港を占領した際、

近隣の啓徳空港(現在はありません)拡張工事の資材調達のため城壁が取り壊されました。
(条約が絡んでいない日本軍だからこそできたのかもしれません)


その城壁の跡地に難民となった人々が木造のバラックを建て始めます。

その頃はまだ数軒しかなかったそうです。



1960年代後半からは、火災などのため鉄筋コンクリートのペンシルビルへと建て変わっていきます。



折り重なるように無計画かつ無謀な増築が繰り返され、近隣に空港があるため建築規制があったにも関わらず
(14階以下または45m以下)(5~6階以下なんていう説も・・・)

最高で15階建てのビルもあったそうです。

ですが、エレベーターはほとんどなかったそうです。



上の階の住民にはなりたくないですね・・・




  

そんな高さがあったビルなのですが(とはいっても天井は低いのでそこまで高層ではありません)

ほとんど無計画に建てられているため、ビルとビルの間には隙間があり、

隣り合うビルの高さは同じ階数でもバラバラで、

   

いくつものビルが支え合うようにひしめき合って乱立しているため、

城内の街路は「一度迷うと出てこれない」と言われるほど迷路と化していたといいます。




ですが城内の大きな通路には名前がついています。


また次の記事で紹介しますね!!  


Posted by カモ at 13:35Comments(0)香港

2013年01月07日

アジアン・カオス①

これからいろんな各国の魅力をこのブログでお伝えしようと思うんですが、、、


第一回目は「アジアン・カオス」

何のことだかわかりますか?




場所は香港。

九龍寨城公園というところに、東洋の魔窟」と呼ばれる城砦がありました。










ここで先にこの城砦がどういう経緯で建てられたのか軽くご紹介します。

(歴史がすこぶる苦手な方は次の記事からどうぞ!)



かつては香港沿岸の海賊から守るため、軍事要塞として建てられました。

その後イギリスと清国(当時の中国王朝)の間でアヘン戦争が勃発。

1841年、戦争が終息し英清間で南京条約が結ばれ、清国はイギリスに香港島の割譲を認めました。

(ここまではたぶんご存知の方も多いと思います!)



ですが、1898年の租借条約の中でも九龍城は租借地から除外されました。

そのため引き続き清国の役人が九龍城に駐留していたのですが、

ある時お祝い事か何かで役人が爆竹を鳴らしたことが「イギリスの軍事行動の妨げになる」という理由で

九龍城を追放されてしまいます。




ですが、イギリス領から除外されている九龍城。

イギリスが接収することはできませんでした。



そしてこのまま1911年の辛亥革命にて清朝は滅亡します。




辛亥革命後に樹立した中華民国の九龍城管理は、イギリスからの抗議があり行えませんでした。

しかしイギリスが管理しようとしても、中華民国側からの抗議により行えませんでした。



そのまま1941年に旧日本軍が香港を占領することになります。

旧日本軍が占領するにあたって、英中の九龍城施設管理の交渉は中断されました。
(日本は租借条約を結んでいないのでしがらみが何一つないため、九龍城内に入ることができたらしいです)

その後1945年に第二次世界大戦が終息を向かえ、香港は再びイギリスの植民地となります。



そして戦後の1966年、毛沢東による文化大革命が起こります。




ここまで歴史をざっとご紹介しましたが、つまるところ九龍城とは何なのか!!!


次の記事でご紹介します!face01

  


Posted by カモ at 11:57Comments(0)香港